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神戸地方裁判所 平成2年(ワ)142号 判決 1993年10月29日

原告

江口尚美

被告

直井裕紀

ほか一名

主文

一  被告直井裕紀は、原告に対し、金四八六万四九一六円及び内金四四一万四九一六円に対する昭和六三年五月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告兵頭建樹は、原告に対し、金八〇四万六二七五円及び内金七三一万六二七五円に対する昭和六三年五月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用中、原告と被告直井裕紀間の分は、これを七分し、その六を原告の、その一を同被告の各負担とし、原告と被告兵頭建樹間の分は、これを四分し、その三を原告の、その一を同被告の各負担とする。

五  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、連帯して、金三三六〇万五〇〇〇円及び内金三〇六〇万五〇〇〇円に対する昭和六三年五月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  右1につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件各事故の発生

(一) 本件交通事故の発生

次の交通事故(以下「本件交通事故」という。)が発生した。

(1) 日時 昭和六三年五月三日午後一〇時一〇分ころ

(2) 場所 神戸市兵庫区金平町一丁目一五番一一号先市道高松線の交差点(以下「本件交差点」という。)内

(3) 負傷者 訴外亡地道良弘(以下「亡良弘」という。)

(4) 加害車 被告直井裕紀(以下「被告直井」という。)運転の普通乗用自動車(以下「被告車」という。)

(5) 態様 亡良弘は、本件交差点内の東西道路上を南方から北方に向かつて歩行していたところ、同交差点東方から同道路を進行して来た被告車にはね上げられて地面に激突した。

(二) 亡良弘の本件受傷内容

亡良弘は、本件交通事故のために、頭部外傷Ⅱ型、右膝関節内骨折、左手挫創の傷害を受けた(以下「本件受傷」という。)。

(三) 本件医療事故の発生

(1) 亡良弘は、前同日、本件受傷を治療するため、神戸市兵庫区切戸町六番二六号所在の被告兵頭建樹(以下「被告兵頭」という。)が経営、開設していたみさき清院(以下「みさき病院」という。)に搬入され、そのまま同病院四階の病室(以下「本件病室」という。)に入院した。

(2) 亡良弘は、右入院中の昭和六三年五月一〇日午後九時ころ、本件病室内の窓(以下「本件窓」という。)に接着して平行に置かれていたベツド(以下「本件ベツド」という。)上に、突然、佇立し、本件ベツド横の本件窓から、先ず毛布を投げ落とし、次いで本件窓の枠を乗り越えて、本件窓から地上に転落し(以下「本件転落」という。)、その結果、同月一一日午前三時五八分ころ、内蔵破裂のために死亡した(以下「本件医療事故」という。)。

(3) 本件医療事故は、本件交通事故によつて頭部に外傷を受けた亡良弘が、そのために外傷性の精神障害を来し、異常な行動を採るようになつた結果発生したものであり、亡良弘が本件交通事故後外傷性精神障害(以下「本件精神障害」という。)を来していたことは、後記2の異常行動に照らして明らかであるといわなければならない。

なお、被告らは、亡良弘の右精神障害の原因について、亡良弘の飲酒歴や肝障害の既往歴を根拠として、これをアルコールの禁断症状である旨主張するが、同主張は、同人らの単なる推測にすぎない。

2  亡良弘の入院中の異常行動

(一) 亡良弘は、みさき病院に入院後、次のとおり、本件受傷に起因する精神障害のために恐迫観念に襲われ、既に、二度にわたつて、本件病室から脱出することを試みるなどの異常行動を採つていた。

(二) 本件転落当日までの状況

(1) 訴外岸本久枝(以下「岸本」という。)は、みさき病院において入院患者の付添婦として勤務する者であつたが、昭和六三年五月七日ころから、亡良弘の付添いを担当するようになつた。

亡良弘の言動は、そのころから、支離滅裂状態を呈するようになり、岸本は、これを見聞し、亡良弘は頭がおかしいと感じた。

(2) 亡良弘は、不眠を訴えたため、同月八日から、みさき病院所属医師より睡眠導入剤であるハルシオンの投与を受けたが、岸本から薬を受け取つて飲んだ後に、「お前、毒を飲ませたろ。」と言つた。

(3) 亡良弘は、同月九日午前一時ころ、本件ベツドの横で就寝していた岸本が気付かない間に、煙草、灰皿等が入つた赤い小箱とスリツパを両脇に抱えて、本件ベツドを抜け出し、他の同室患者のスリツパを履いて、「出口はどこや。」と大声で怒鳴りながら、本件病室を脱出しようとしたが、看護婦詰所に待機していた看護婦や岸本によつて取り押さえられた。

(三) 本件転落当日の状況

亡良弘は、本件医療事故が発生した同月一〇日にも、次のような異常な行動を採つていた。

(1) 亡良弘は、右同日朝、同室患者である訴外秋山某や岸本と口論し、血圧の上昇、鼻血があり、会話がやや不明瞭であつたうえ、昼前ころには、カステラを手掴みでむしやむしやと食べた。

(2) 亡良弘は、同日午後二時ころ、みさき病院四階にある本件病室から抜け出して、三階まで降りてきたところで転倒し、「恐い、皆が恐い。」、「家に帰る。」などと言いながら、居座つてそこから動こうとしなかつた。

そこで、看護婦は、原告に対し、電話でみさき病院に来るように求め、原告は、これに応じて、同病院に来て、亡良弘を説得した。

安東(寛泰)医師は、亡良弘に対し、予定していた手術を中止するから安心するように話したが、亡良弘の会話は不穏状態であつた。

そこで、安東医師は、亡良弘に対し、同日午後三時ころ、精神神経安定剤であるセルシン一〇ミリグラムを注射した。

(3) 亡良弘は、同日午後六時四〇分ころ、看護婦に対し、動悸がして胸が苦しいから点滴の注射を抜いてくれと訴えた。

これに対し、看護婦は、「いつもと同じものだからゆつくり落としましよう。」と説得したが、亡良弘が聞き入れなかつたため、抜針した。

(4) 亡良弘は、同日午後九時ころ、「わしが何をしたと言うんや…。頼むから止めてくれ…。」などと意味不明な独り言を続けるようになり、看護婦が医師から指示を受けた薬を服用させようとしたものの、「頼むから止めてくれ。何もいらんいらん…。」と言つてこれを拒絶した。

(5) 安東医師は、同日午後九時一〇分ころ、看護婦から求められて亡良弘を診察したところ、亡良弘は、同医師に対し、「何もしないでくれ。頼む。わしを責めないでくれ…。部屋の外に出ると何をされるやわからん。」、「子供が入口の所に来た。」、「兄貴が来た。」などと色々なことを話した。

そのため、同医師は、しばらくの間亡良弘の話を聞いて、「もう寝る時間なので止めましよう。テレビはまだ見てもよい。」と言つて、同人に対し、横になるように説得した。

(6) その後、岸本は、亡良弘が就寝する本件ベツドの脇で就寝すれば、亡良弘によつて椅子で殴られるのではないかと不安になり、亡良弘が寝つくまでは廊下に出て待機していようと思い、廊下側から本件病室出入口の窓ガラス越しに、亡良弘の様子を窺つていたところ、亡良弘が、突然、本件ベツドの上に立ち上がつたので、危険を感じ、助けを求めて看護婦詰所に走つた。

(7) 亡良弘は、その間に、前記のとおり本件窓の枠を乗り越えて本件窓から地上に転落したが、転落直後にも、所持品である散乱した煙草入れや小銭入れを自分で拾おうとし、駆けつけた看護婦や岸本らに対し、「ぼくの大事な物を触わるな。」としきりに訴えた。

3  被告直井の責任

(一) 被告直井は、本件交通事故が発生した当時、被告車を所有し、これを使用していたもので、被告車の運行供用者であるうえ、音楽のテープに気をとられて前方を注視せずに加害車を運転した過失により本件事故を発生させたのであるから、第一次的には自賠法三条に基づき、また、第二次的には民法七〇九条に基づき、本件交通事故によつて生じた損害を賠償する責任を負う。

(二) そして、亡良弘の死亡は、本件交通事故による本件受傷を原因として本件精神障害が発現し、これによる異常行動のために発生したのであるから、本件交通事故と亡良弘の死亡との間には相当因果関係があり、被告直井は、亡良弘の死亡に基づいて発生した損害をも賠償すべき責任を負つている。

4  被告兵頭の責任

(一) 被告兵頭は、みさき病院の事業執行につき、安東医師らを使用していたところ、同医師が同病院に入院した亡良弘の治療を担当した。

(二) 一般に、医師は、その業務の性質上、患者に対し、危険防止のために必要とされる最善の注意をして治療にあたるべき義務を負い、これは、臨床医学の実践としての医療水準に基づく適切な診断、治療を行う義務であるが、これに付随して、患者が入院している場合には、当該患者が同入院に関連する不慮の事故により、その生命を失つたり、身体を毀損したりすることがないように対処すべき注意義務があるというべきである。

(三) しかるに、亡良弘は、みさき病院に入院して間もないころから、前記2のとおり本件精神障害に起因する異常行動を示し、特に、二回にわたつて本件病室の外に脱出しようとする異常行動を繰り返しており、亡良弘の主治医たる安東医師においても、本件医療事故が発生した当日の午後及び本件転落の直前の二回にわたり、亡良弘の本件精神障害を現認していたのであるから、亡良弘が、本件病室の出入口から階段を通つて脱出できないとなれば、その後は、本件窓からの脱出行為に及ぶ危険の存在を予見することは十分可能であり、亡良弘が本件窓から脱出して転落する事故を防ぐために、同人の動静の看視を十分にし、同人を施錠の厳重な個室に移すなどの措置を構ずべき注意義務があつた。

(四) ところが、安東医師は、亡良弘を、本件窓に接着した本件ベツドに収容したままにし、看護婦らに対しても亡良弘の動静を十分注意するように指示しなかつたため、岸本及び看護婦らも、本件窓が施錠されているかどうかを確認しなかつた。

また、仮に、本件転落当時、本件窓が施錠されていたとしても、その鍵は、ノブを上げ下げするだけで開閉できたから、亡良弘は、これを自ら容易に操作することができた。

(五) 以上によると、亡良弘は、安東医師の右過失により、本件窓から転落して死亡したものというべきである。

よつて、被告兵頭は、安東医師の使用者として、民法七一五条に基づく責任を負う。

5  被告らの責任の関係

(一) 被告直井の本件行為と安東医師の本件行為とは、客観的に関連共同している故、被告らは、民法七一九条の共同不法行為者の関係にある。

(二) この場合の各人の行為と結果との因果関係は、各人の行為だけでは結果が発生しない場合であつても、当該行為が他の行為と合して結果が発生し、かつ、各人の行為がなければ結果が発生しなかつたであろうと認められる関係にあれば足りると解すべきである。

6  損害

(一) 亡良弘の逸失利益 金二二一四万円

(1) 亡良弘は、昭和五八年ころまで、競輪選手として稼働していたが、体力の衰えによつてこれを辞め、本件死亡当時は、無職であつた。

(2) しかし、亡良弘は、右死亡当時、満五五歳の健康な男子であり、通常の労働能力と就労の意思を有していたから、満六七歳に達するまでの一二年間にわたつて、稼働することが可能であつた。

(3) そこで、亡良弘の収入について、昭和六三年度賃金センサスの産業計・企業規模計・男子労働者・学歴計の五五歳ないし五九歳の平均年収額金四八〇万五八〇〇円を基礎とし、生活費控除率を五割とし、新ホフマン式計算方法により一二年間の中間利息を控除して、亡良弘の逸失利益の現価額を算出すると、金二二一四万二七二三円となる(新ホフマン係数は九・二一五。)。

480万5800(円)×0.5×9.215≒2214万2723(円)

(4) 原告は、亡良弘の長女であり、同人の死亡の結果、相続により同人の地位を承継した。

(5) 原告は、本訴において、右相続によつて承継取得した亡良弘の逸失利益に関する損害賠償請求権の内金二二一四万円を請求する。

(二) 原告の慰謝料 金一五〇〇万円

原告は、亡良弘が本件交通事故及び本件医療事故により死亡した結果、重大な精神的苦痛を受けた。

これに対する慰謝料の額は、金一五〇〇万円を下回らない。

(三) 葬儀費用 金一〇〇万円

亡良弘の葬儀に要した費用の額は、金一〇〇万円を下回らない。

(四) 損害の填補 金七五三万五〇〇〇円

原告は、平成元年五月一日、亡良弘の死亡による損害につき、自賠責保険から損害の填補として金七五三万五〇〇〇円の支払いを受けた。

(五) 弁護士費用 金三〇〇万円

原告は、原告訴訟代理人らに対し、本件訴訟の提起、遂行を委任し、日本弁護士連合会の報酬規定に基づき、金三〇〇万円の報酬を支払うことを約束した。

(六) 以上の損害額の合計 金三三六〇万五〇〇〇円

7  よつて、原告は、被告らに対し、本件各事故による不法行為に基づく損害賠償として、連帯して、金三三六〇万五〇〇〇円及び弁護士費用を除いた内金三〇六〇万五〇〇〇円に対する本件医療事故発生の日である昭和六三年五月一一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する被告らの答弁

(被告直井)

1 請求原因1(本件各事故の発生)について

(一) (一)(本件交通事故の発生)、(二)(亡良弘の本件受傷)の各事実は認める。

亡良弘の本件受傷は、全治二か月の見込みであり、同人の初診時の意識状態は、清明で、頭蓋単純X線写真及び頭部CTスキヤンによる検査では異常が認められなかつた。

(二) (三)(本件医療事故の発生)の事実について

(1) (1)及び(2)の事実は認める。

(2) (3)の事実は否認し、本件精神障害が本件受傷の頭部外傷に起因するとの主張は争う。

(3) 亡良弘の本件精神障害は、以下に述べるとおり、アルコール中毒の禁断症状によるものであり、本件受傷による頭部外傷を原因とするものではない。

(イ) まず、亡良弘は、次のとおり、本件交通事故当時、いわゆる酒浸りの生活を送つていた。

(a) 亡良弘は、かなりの酒好きであり、本件交通事故の一〇年ほど前に、アルコール性慢性肝炎のために明石市内の明舞病院に入院したことがあり、本件交通事故当時も、神戸市兵庫区内の吉野病院に通院していた。

(b) 亡良弘は、昭和六〇年に競輪選手を辞めたのち、一切、稼働していない。

同人は、昭和六三年四月一六日、飲酒のうえ、自転車に乗車して走行中に乗用車と接触する事故を起こしており、本件交通事故が発生した当日の昭和六三年五月三日も、夕方六時ころから、飲酒を始め、その後に本件事故に遭つたのである。

(ロ) 亡良弘は、本件交通事故のため、みさき病院に入院し、飲酒ができなくなつた結果、アルコール中毒の禁断症状が発現し、幻聴による不安感、恐怖感などのために異常な言動をするようになつた。

(ハ) そして、本件精神障害がアルコール中毒の禁断症状によるものであり、本件受傷による頭部外傷を原因とするものではないと考える医学的根拠は、次のとおりである。

(a) 亡良弘の本件精神障害は、神経症(ノイローゼ)と明らかに症状が異なるから、これが本件受傷による頭部外傷を原因とする神経症型の後遺症であるとは考えられない。

(b) 頭部外傷が原因である場合で、初期に何らの症状がなく、急性期を過ぎたのちに、急激に精神不穏の状態となるという可能性は、極めて低い。

(c) 亡良弘の本件受傷による頭部外傷は、Ⅱ型で、軽微なものであり、頭部CTスキヤン検査では、何ら異常がなかつたから、このような軽度の頭部外傷が本件精神障害の原因となつたとは考えられない。

(d) 安東医師の臨床経験では、亡良弘が受けたような軽度の頭部外傷により、精神不穏の状態となつた例はない。

(e) 亡良弘には、アルコール性慢性肝炎で入院した既往疾患がある。

2 同2(亡良弘の入院中の異常行動)の事実は認めるが、原告主張の本件精神障害が本件受傷に起因するものであるとの主張は争う。

3 同3(被告直井の責任)について

(一) (一)の事実中、被告直井が前方を注視せずに被告車を運転した過失により本件交通事故を発生させたことは認め、被告直井が被告車を所有し、使用していた運行共用者であつたことは否認し、自賠法三条の損害賠償責任を負うとの主張は争う。

(二) (二)の事実は否認し、その主張は争う。

亡良弘の本件精神障害は、前記のとおり、アルコール中毒の禁断症状によるものであり、本件受傷による頭部外傷を原因とするものではない。

仮に、本件精神障害が、本件受傷による頭部外傷を原因として発生したものであるとしても、亡良弘の死亡は、同人の自由意思に基づく自殺である。

したがつて、本件交通事故と亡良弘の死亡との間には、相当因果関係がなく、被告直井は、亡良弘の死亡については責任を負わない。

4 同4(被告兵頭の責任)の事実はすべて不知。

5 同5(被告らの責任の関係)の事実は否認し、その主張は争う。

6 同6(損害)について

(一) (一)(亡良弘の逸失利益)の事実中、亡良弘がかつて競輪選手として稼働していたが、その後これを辞め本件死亡当時無職であつたこと、原告の相続に関する事実は認めるが、その余は不知。

(1) 亡良弘は、五〇歳ころに競輪選手を辞めた後は、健康を害して就労することができず、酒浸りの日々を送つていたのであり、再就職の可能性は殆どなく、現に、右引退から五年を経過した本件交通事故当時においてもなお再就職をしていなかつたのであるから、同人に逸失利益は認められない。

(2) また、亡良弘の右生活実態からすると、同人において賃金センサス産業計・企業規模計・男子労働者・学歴計の平均賃金程度の収入を上げ得たというだけの証明がない以上、仮に、同人に逸失利益を認め得るとしても、その収入の算定に当たつては、右の数値を基礎とすべきではない。

仮に、賃金センサスの数値を用いるとしても、亡良弘は、その学歴が不明で、企業規模一〇〇〇人以上の企業に再就職する可能性が低かつたことなどからすると、昭和六三年度賃金センサス産業計・一〇~九九人・男子労働者・小学・新中卒の五五ないし五九歳の平均年収額金三三二万四四〇〇円を基礎とすべきである。

(二) (二)(原告の慰謝料)、(三)(葬儀費用)の事実は不知。

(三) (四)(損害の填補)の事実は認める。

(四) (五)(弁護士費用)の事実のうち、原告が原告訴訟代理人らに対し、本件訴訟の提起、遂行を委任し、日本弁護士連合会の報酬規定に基づく報酬を支払うことを約束したことは認め、その余は不知。

(五) (六)(損害額の合計)の主張は争う。

(被告兵頭)

1 請求原因1(本件各事故の発生)について

(一) (一)(本件交通事故の発生)、(二)(亡良弘の本件受傷)の各事実はいずれも認める。

亡良弘は、原告が主張する頭部外傷Ⅱ型などの本件受傷のほか、頸部捻挫、右肩打撲、頭部挫創の傷害を受けており、右各受傷の内、右膝関節内骨折が最も重い傷害であつたため、亡良弘は、後記のとおり、みさき病院に入院し、治療を受けることとなつたものである。

(二) (三)(本件医療事故の発生)について

(1) (1)及び(2)の事実は認める。

亡良弘は、昭和六三年五月三日にみさき病院に入院したが、その当時、同病院は、五月のいわゆるゴールデンウイークの最中であり、本件医療事故が発生した同月一一日までの九日間のうち、四日間が休診日であつたため、安東医師がその間に亡良弘を診察したのは、同年五月六日、七日、九日、一〇日の四日だけであつた。

(2) (3)の事実は否認し、本件精神障害が本件受傷による頭部外傷に起因するとの主張は争う。

(イ) 亡良弘は、本件交通事故により、頭部を打撲していた疑いがあり、これによる頭蓋内血腫あるいは脳実質の損傷があるか否かを検査する必要があつたため、みさき病院では、頭部の単純レントゲン撮影及びCTスキヤン検査を行つたが、その結果に異常が認められず、亡良弘の意識は、清明で、目の対光反射も正常であつた。

したがつて、亡良弘は、本件交通事故により、頭蓋内を損傷しておらず、右事故によつて、神経症型の精神障害が発生することはない。

(ロ) 亡良弘の本件精神障害は、被告直井の主張するとおり、アルコール中毒の禁断症状によるものであり、同被告の主張を援用する。

2 同2(亡良弘の入院中の異常行動)の事実は認めるが、原告主張の亡良弘の本件精神障害が本件受傷による頭部外傷に起因するものであるとの主張は争う。

3 同3(被告直井の責任)の事実はすべて不知。

4 同4(被告兵頭の責任)について

(一) (一)の事実及び(二)の主張は認める。

ただし、医師としては、社会通念上相当な範囲内でその入院患者の安全を配慮すれば足りるのであり、あらゆる危険を考慮して、これに対処しなければならないわけではない。

(二)(1) (三)及び(四)の各事実は否認し、その主張は争う。

(2) 安東医師が亡良弘の本件転落を予見することは不可能であり、次に延べる治療経過からすると、同医師につき、入院患者である亡良弘の安全について社会通念上相当な範囲内の配慮をしなかつたとすることはできず、同医師に過失があつたとすることはできない。

(イ) 亡良弘は、みさき病院に入院してから、本件医療事故が発生した昭和六三年五月一〇日当日までの間、その言動に多少変わつたところがあつたものの、精神状態が病的に異常であるという様子はなかつた。

(ロ) 安東医師は、右一〇日午後二時ころ、亡良弘が本件病室から抜け出して、三階まで降りてきたところで座り込み、手術が恐いとか、誰かが寄つてくるなどと意味不明のことを言つて座り込んだときに、初めて、亡良弘の精神状態が異常であると考えるようになつた。

そこで、安東医師は、亡良弘に対し、予定していた手術を中止すると話して落ち着かせ、セルシンを注射する措置を採つたのであり、漫然と亡良弘を放置するということはなかつた。また、亡良弘に付き添つていた岸本や看護婦らは、亡良弘を十分に監視していた。

(ハ) また、そもそも、みさき病院は、内科、整形外科、外科を設置しているが、精神科は設置しておらず、安東医師の専門も整形外科であり、そして、亡良弘は、本件受傷の治療のために入院していたのであるから、精神的疾患の治療のために入院した場合と比べれば、不慮の事故を防止するための注意義務は緩和されるべきである。

なお、同人は、精神障害者として入院したのではないから、同人に対し、精神保健法が規定するような拘束を行うことは、不可能である。

(ニ) 安東医師が亡良弘の様子を異常であると認めてから本件医療事故が発生するまでの間は、ごく短期間であり、同医師としては、亡良弘の本件転落を予見することは不可能であつた。

(ホ) 本件医療事故が発生した午後九時は、消灯時であり、本件窓のガラス戸は、既に施錠されていた。

そして、亡良弘は、その身長が一七〇センチメートルであつたから、本件窓から転落するには、自ら施錠を解いて窓を開き、マツトレスの上に立ち上がつたうえ、体をかがめて、窓から身を投げ出すような行動を採らなければならないのであつて、このような状況からすると、安東医師において、亡良弘の本件転落を予見することは不可能であつた。

(ヘ) なお、本件病室、本件ベツド及び本件窓の位置、形状は、次のとおりである。

(a) 本件病室は、別紙図面一の赤線で囲んだ部屋であり、本件ベツドの位置は、同図面に記載したとおりである。

(b) 本件窓は、別紙図面二の赤線で囲んだ二つの窓のうちの右側(建物の外側からみた場合を基準とする。以下同じ。)のものである。

本件窓は、別紙図面三のとおり、幅一八五センチメートル、高さ一〇九・五センチメートルの窓枠に引き違いのサツシ戸二枚が入つている。

本件窓の下の部分には、同図面三のとおり、木製の枠(以下「本件木製枠」という。)があるから、本件窓を最大限に開放した場合でも、その大きさは、幅九二・五センチメートル、高さ六七センチメートルである。

本件木製枠の上辺は、床面から一二一・五センチメートルの高さがある。

(c) 本件ベツドは、床面から四二センチメートルの高さがある。その上のマツトレスの厚さは、一七センチメートルあり、マツトレス面は、床面から五九センチメートルの高さがある。

本件窓の左側の窓は、クーラーが設置してあるため、約一〇センチメートルしか開かない。

5 同5(被告らの責任の関係)の事実は否認し、その主張は争う。

6 同6(損害)の事実はすべて不知。

三  被告直井の抗弁(過失相殺)

1  本件交差点の状況

本件交通事故は、本件交差点内で発生したが、同交差点は、東行き二車線(幅員七・四メートル)及び西行き二車線(幅員七・六五メートル)の東西道路(以下「東西道路」という。)と南北に走る幅員四・四メートルの道路(以下「南北道路」という。)が交差している。

本件交通事故が発生した地点から東方約六メートル及び西方約八メートルの場所には、それぞれ横断歩道が設置されている。

本件交差点は、信号機による交通整理が行われており、本件交通事故発生当時、同信号機は、東西道路について黄色点滅、南北道路について赤色点滅の表示をしていた。

2  亡良弘の飛出し行為

亡良弘は、本件交通事故発生当日午後六時ころから飲酒し、右事故発生当時は、事故状況の記憶がないほどに酩酊しており、左右の安全を確認しないまま、南北道路から北方に向かつて東西道路内に飛び出した。

被告直井は、その際、被告車を時速四五キロメートルの速度で運転し東西道路を西進しており、同車両と亡良弘が衝突した地点の約一四・九メートル手前で、右のように飛び出してきた亡良弘を発見し、急ブレーキをかけたが、間に合わなかつた。

3  本件交通事故は、右のように、亡良弘が夜間に酩酊して被告者の進路前方に飛び出した結果発生したのであるから、亡良弘にも、右事故の発生に寄与した過失がある。

したがつて、本件損害の算定に際しては、相応の過失相殺をすべきである。

四  抗弁に対する答弁

1  本件交通事故発生につき、亡良弘にも過失があつたこと及び抗弁事実1、2(ただし、亡良弘が本件交差点内に左右の安全を確認しないまま飛び出したこと及び被告車の速度の点を除く。)は認め、過失割合についての主張は争う。

亡良弘の過失割合は、次の状況を考慮すると、三割を超えるものではない。

(一) 本件交差点の状況

本件交差点付近における東西道路は、東行き、西行き各車線とも、それぞれ見通しのよい直線道路であり、東行き、西行き各車線の間に中央分離帯がある。

本件交差点には、東側、西側にそれぞれ横断歩道があり、本件交通事故は、本件交差点の中央付近で発生した。

(二) 被告直井の運転状況

(1) 本件交差点を通行する車両数は、本件交通事故発生当時少なく、被告直井は、被告車中のカーステレオを聴きながら、注意散慢のまま運転していた。

被告直井は、右交通事故後、警察官に対し、被告車の速度について、市道高松線を時速約五〇キロメートルで走行し、本件交差点の手前で亡良弘を発見したときには時速約四五キロメートルの速度で走行していた旨供述しているが、同交通事故が発生した時刻、本件交差点とその付近の道路状況からすると、右供述のような低速度で走行していたとは考えられない。

(2) そして、被告直井は、被告車が亡良弘と衝突した地点の手前の二三・四メートルまでは、全く前方を見ていなかつたところ、同車両助手席に同乗していた訴外池田真奈美が、本件交差点を横断している亡良弘を右地点でようやく発見し、「危ない。」と叫んだ。

そこで、被告直井は、正面を見たところ、亡良弘が正面前方約一四・九メートルのところで、びつくりした様子で振り向いていたため、被告直井は、急ブレーキをかけたが、亡良弘との距離が右の程度しかなかつたため、回避することができず、本件交通事故が発生した。

2  なお、亡良弘の本件過失は、次に述べる理由から、被告直井との間でのみ斟酌すべきである。

(一) 本件各事故は、その類型や本質が異なり、また、被告らの各行為は、互いに独立したものであるから、それぞれの行為が結果の発生に及ぼした影響の割合は、事実認定及び法的判断の各場面で、各別に計量することが可能である。

(二) したがつて、被告らは、それぞれ、原告の損害の発生に寄与した割合に応じて責任を負うべきであるから、本件交通事故が発生するに際しての亡良弘の過失は、被告直井との関係でのみ斟酌すべきである。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これらを引用する。

理由

一  当事者間に争いのない事実など

請求原因1(本件各事故の発生)の事実のうち(一)(本件交通事故の発生)、(二)(亡良弘の本件受傷内容)、(三)の(1)、(2)(本件医療事故の発生)の各事実及び同2(亡良弘の入院中の異常行動)の事実は、いずれも当事者間に争いがなく、また、同4(一)(被告兵頭と安東医師との関係)の事実は、原告と被告兵頭との間では争いがなく、原告と被告直井との間では証人安東寛泰の証言によつてこれを認めることができる。

二  亡良弘の本件精神障害とみさき病院における治療行為

前記一の事実と原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第八号証、原本の存在及び成立について争いのない甲第四号証、第五号証の一、二、第六号証の一ないし一六、その撮影対象が本件病室ないし本件窓であることについて当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨により、原告訴訟代理人弁護士宗藤泰而が平成三年二月一三日に撮影したものであると認められる検甲第一号証の一ないし八、その撮影対象が本件窓であることについて当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨により、訴外宮部久が同年九月三〇日に撮影したものであると認められる検乙A第一号証の一、二、証人地道伝三郎、同岸本久枝、同永井ヨウ子及び同安東寛泰の各証言並びに原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨を総合すると、右標題に関し、次の各事実が認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

1  亡良弘(昭和七年一〇月一日生)は、本件交通事故に遭つた昭和六三年(以下同じ)五月三日、みさき病院に搬入され、同病院に入院したが、入院当初、同人の意識は清明であり、他の入院患者と比べても精神的に異常な言動はなく、翌五月四日も、訴外看護婦永井ヨウ子(以下「永井」という。)に対して、穏やかな言動で対応していた。

2  みさき病院に勤務してい安東医師は、亡良弘の主治医となつたが、五月三日から同月五日までの間は休日であつたため、五月六日になつて初めて自らが亡良弘を診察し、その後、七日、九日、一〇日にも同人を診察した。

しかして、安東医師が直接診察にあたらなかつた右休日の間みさき病院所属の他の当直医が、亡良弘の診察にあたつた。

3  岸本は、当時派遣付添婦として、みさき病院の入院患者に対する二四時間付添いの業務に従事していたが、五月七日ころから本件医療事故の発生までの間、本件病室(四一一号室)に入室していた亡良弘及び他の患者である訴外秋山某の付添いを担当した。

4  亡良弘には、その後同月一〇日までの間に、次のような言動がみられた。

(一)  亡良弘は、訴外岸本に対し、不眠を訴えた。

そこで、安東医師は、岸本を通じて、五月八日から、睡眠導入剤であるハルシオンを内服薬として投与した。

ところが、亡良弘は、岸本から受け取つた右内服薬を飲んだ後に、「お前、毒を飲ませたろ。」と言つた。

また、亡良弘は、同日ころから、検温を嫌がり、本件病室の隅に逃げたり、体を拭くことを拒否するようになつた。

(二)  亡良弘は、同月九日午前一時ころ、本件ベツドの横で就寝していた岸本が気付かない間に、煙草、灰皿等が入つた赤い小箱とスリツパを両脇に抱えて、本件ベツドを抜け出し、他の同室患者のスリツパを履いて、「出口はどこや。」と大声で怒鳴りながら、本件病室から脱出しようとした。

そこで、看護婦詰所に待機していた看護婦や岸本は、亡良弘を取り押さえた。

5  さらに、亡良弘は、本件医療事故が発生した同月一〇日、次の言動に及んだ。

(一)  亡良弘は、右同日朝、同室患者である秋山某や岸本と口論し、血圧の上昇、鼻血があり、会話がやや不明瞭であつたうえ、同日の昼前ころには、「明日検査があると食べられなくなる。」と言つて、カステラを手掴みでむしやむしやと食べた。

(二)  亡良弘は、同日午後二時ころ、みさき病院の四階にある本件病室から抜け出して、階段を三階まで降りてきたところで転倒し、「恐い、皆が恐い。」、「家に帰る。」などと言いながら、居座つてそこから動こうとしなかつた。

そこで、看護婦は、原告に対し、電話でみさき病院に来るように求め、原告は、これに応じて、同病院に赴き、亡良弘を説得した。

(三)  安東医師は、その際、亡良弘に対し、予定していた検査を中止するから安心するように話したが、亡良弘は、会話が不穏な状態であつた。

そこで、安東医師は、亡良弘に対し、看護婦に指示して、同日午後三時ころ、精神神経安定剤であるセルシン一〇ミリグラムを注射した。

(四)  亡良弘は、その後しばらくの間、平静になり、同人の兄である訴外地道伝三郎が明一一日に亡良弘を三菱病院に転院させる手続を採つたことを知らされたことから、夕食のころには、岸本の前で、秋山某に対し、明日、三菱病院に転院する旨を話したりしていた。

(五)  亡良弘は、同日午後六時四〇分ころ、処置にあたつていた永井に対し、動悸がして胸が苦しいから点滴の注射を抜いてくれと訴えた。

永井は、これに対し、「いつもと同じだからゆつくり落としましよう」と説得したが、亡良弘が聞き入れなかつたため、抜針した。

(六)  そして、亡良弘は、同日午後九時ころ、「わしが何をしたと言うんや……。頼むから止めてくれ……。」などと意味不明な独り言を続けるようになり、永井が、医師の指示薬を服用させようとしたものの、「頼むから止めてくれ。何もいらん、いらん……。」と言つてこれを拒絶した。

(七)  みさき病院の当直の医師は、同日午後九時一〇分ころ、永井から求められて亡良弘を診察したところ、亡良弘は、同医師に対し、「何もしないでくれ。頼む。わしを責めないでくれ……。部屋の外に出ると何をされるやわからん。」「子供が入口の所に来た。」、「兄貴が来た。」などと色々なことを話した。

そのため、同医師は、しばらくの間亡良弘の話を聞いて、「もう寝る時間なので止めましよう。テレビはまだ見てもよい。」と言つて、同人に対し、横になるように説得した。

(八)  岸本は、その後、亡良弘の異常な右言動を見聞して、本件ベツドの脇で就寝しているのが不安になり、亡良弘が寝つくまで本件病室を出て廊下で待機することにして、廊下側から本件病室出入口の窓ガラス越しに亡良弘の様子を窺つていた。

(九)  ところが、亡良弘は、同日後九時三〇分ころ、突然、本件ベツドの上に立ち上がつたため、これを目撃した岸本は助けを求めて看護婦詰所に走つたがその間に、亡良弘は、本件窓から先ず毛布を投げ落としたうえ、本件窓の枠を乗り越えて落下し、本件窓の外側下方にあるみさき病院玄関上のテントを突き破つて、地上に転落した。

(一〇)  亡良弘は、本件転落直後、腹が痛いと訴えつつも、所持していた煙草入れや小銭入れが散乱したためこれを自分で拾おうとし、転落現場に駆け付けた永井や岸本らに対し、「ぼくの大事な物を触わるな。」としきりに訴えた。

6  亡良弘は、その後の翌五月一一日午前三時五八分ころ、みさき病院において、内蔵破裂のため死亡した。

7  なお、本件病室、本件ベツド及び本件窓の位置、形状は、次のとおりである。

(一)  本件病室は、別紙図面一の赤線で囲んだ部屋であり、本件ベツドの位置は、同図面に記載したとおりである。

(二)  本件窓は、別紙図面二の赤線で囲んだ二つの窓のうちの右側のものである。

本件窓は、別紙図面三のとおり、幅一八五センチメートル、高さ一〇九・五センチメートルの窓枠に、引き違いのサツシ戸二枚が入つている。その鍵は、ノブを上下するだけのものである。

本件窓の下の部分には、同図面三のとおり、本件木製枠があるから、本件窓を最大限に開放した場合でも、その大きさは、幅九二・五センチメートル、高さ六七センチメートルである。

本件木製枠の上辺は、床面から一二一・五センチメートルの高さがある。

本件窓の左側の窓は、クーラーが設置してあるため、約一〇センチメートルしか開かない。

(三)  本件ベツドは、床面から四二センチメートルの高さがある。その上のマツトレスの厚さは、一七センチメートルあるから、マツトレス面は、床面から五九センチメートルの高さがあることになる。

そして、本件ベツドと本件窓の下部内側との間隔は、ほとんどなく、接着に近い状態であつた。

三  本件精神障害の原因について

1  亡良弘の本件精神障害の発現については当事者間に争いがないところ、原告は、同精神障害の原因につき、亡良弘の本件受傷である頭部外傷に基因する、すなわち外傷性のものであると主張するのに対し、被告らは、これにつき、亡良弘のアルコール禁断症状に起因するものである旨反論している。

よつて、この点につき判断する。

2(一)  亡良弘が本件交通事故によつて頭部外傷Ⅱ型の傷害を受けたことは、当事者間に争いがない。

(二)  成立に争いのない甲第七号証、第一一号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第九号証、第一〇号証、証人安東寛泰の証言の一部、証人地道伝三郎の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合とすると、次の各事実が認められ、その認定を覆えすに足りる証拠はない。

(1) 亡良弘は、本件交通事故以前、普通の日常生活を送つていて、同人には、その間異常な言動がなく、姉や兄との仲も円満であつた。

(2) 亡良弘は、昭和六三年二月一五日、神戸市兵庫区小松通二丁目所在吉野医院で医師吉野文樹の診察を受けたが、同受診時、亡良弘の精神状態には特に異常がなく、同医師の問診に対しても、正常に応答していた。

(3) 頭部外傷による本件精神障害のような症例は、その発生率において極めて少ないが、医学的に皆無とは断定し難い。

(三)  当事者間に争いのない前記事実及び右認定各事実を総合すると、亡良弘の本件精神障害は、同人の本件受傷である頭部外傷に基因すると推認することができる。

3(一)  しかしながら、一方、前掲甲第四号証、第一六号証の四、七、八、一六、第七号証、成立に争いのない乙B第二号証(ただし、その記載内容の一部。)、証人安東寛泰の証言の一部、証人地道伝三郎の証言、原告本人尋問の結果を総合すると、次の各事実が認められる。

(1) 亡良弘は、昭和五八年ころ競輪選手を辞めて以後、年齢を重ねるにつれて飲酒量が増え、本件交通事故当時には一日ビール二本を飲むようになつていて、慢性肝炎を患い、前記吉野医院に通院し、治療(初診昭和六一年八月四日)を受けていた。

(2) 亡良弘は、昭和六三年五月三日みさき病院へ搬入された直後、その頭部に対するCTスキヤン検査及び単純X線検査を受けたが、同各検査の結果では、異常が認められなかつた。

(3) 医学上、アルコールの禁断症状としての精神障害は、長年にわたつてアルコールを飲酒したことに依存してきた者が突然飲酒を止めたことによつて発現するものをいう。

(4) 安東医師も、亡良弘の本件異常行動に接し、同人の入院診療録等から同人のアルコールによる既往症(慢性肝炎)の存在を了知していた関係上、同人の同異常行動はアルコール禁断症状でそれによる精神障害ではないかと判断した。

(二)  右認定各事実を総合すると、亡良弘の本件精神障害はアルコール禁断症状に基因するものとの推認も可能となり、同推認は、原告の主張を正当ならしめる前記推認、すなわち、亡良弘の本件精神障害は同人の本件受傷である頭部外傷に基因するものであるとの推認を阻害するかの如くである。

(三)(1)  しかしながら、

(イ) 前掲乙B第二号証(ただし、その記載内容の一部)によれば、アルコールの禁断症状がみられる場合には、その前掲として、通常アルコール依存、すなわち、精神的または肉体的に飲酒せずにはいられない状態に陥入ること、また、アルコール禁断症状として、振せん(手指の震え)、痙攣発作などの症状が発現することが認められるが、本件全証拠を検討しても、亡良弘が本件入院中に看護婦や岸本に対し飲酒を希望したことや飲酒しないと物足りない、口寂しい、落着かないなどの理由で飲酒にこだわり酒の入手または飲酒行為に及んだことを認めるに足りる証拠はないし、亡良弘にアルコール禁断症状としての前記各症状がみられたことを窺わせる証拠もない。

(ロ) 前掲甲第一一号証によれば、頭部外傷後遺症は、微小な器質的変化と心因性の要因、それに個々の環境、性格、既往疾患などの多くの要素が組合わさつて発現すること、同疾患は、本来検査で特別の所見を得難いものであることが認められる故、亡良弘に対する前記CTスキヤン検査及び単純X線検査の各結果が異常なしであつても、それから直ちに、同人の本件精神障害は頭部外傷に基因するものではないと断定し得ない。

(ハ) 証人安東寛泰の証言の一部によれば、安東医師が、亡良弘の本件異常行動につき得た前記判断は、同医師の確定的な診断結果に基づくものではなく、あくまでの同医師の推測にすぎないことが認められる。

(2)  右認定各事実を総合し、これと被告らの前記主張にそう前記推認と対比させると、同推認は、未だこれを正当として肯認することができず、被告らの同主張にそう同推認が肯認できない以上、被告らの同主張もまた、理由がなく採用できない。

4  右認定説示を総合すると、結局、亡良弘の本件精神障害は、同人の本件受傷である頭部外傷に基因するものであることの前記推認を肯認するほかない。

四  被告直井の責任について

1  被告直井の不法行為責任

(一)  原告は、本件交通事故につき、被告直井に対し、まず、自賠法三条による運行供用責任を主張するが、本件全証拠を検討しても、被告直井が本件交通事故当時被告車の運行供用者であつたことを認めるに足りる証拠はないから、この点に関する原告の主張は理由がない。

(二)  次に、被告直井が前方を注視せずに加害車を運転した過失によつて本件事故を発生させた事実は、原告と被告直井との間では争いがなく、また、原告と被告兵頭との間においては、原本の存在及び成立について争いのない甲第一ないし第三号証によれば、右事実を認めることができ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

(三)  よつて、被告直井は、民法七〇九条に基づき、本件交通事故の結果、亡良弘及び原告について発生した損害を賠償すべき責任を負うものである。

2  亡良弘の死亡と本件交通事故との相当因果関係

(一)  亡良弘の本件交通事故遭遇から本件転落死亡までの間の一連の事実関係、特に同人の本件受傷が頭部外傷であつたこと、同人の本件精神障害が同頭部外傷に基因すること、同人の死亡原因が同精神障害に基づくこと等は前記認定のとおりであるところ、同認定事実関係に基づくと、同人の死亡と本件交通事故との間に、法的評価としての相当因果関係の存在を否定し得ないというべきである。

(二)  被告直井は、この点に関し、亡良弘の本件転落による死亡は同人の自由意思に基づく自殺である旨主張する。

しかしながら、亡良弘の本件死亡原因については前記認定説示のとおりであるし、加えて本件全証拠を検討してみても、亡良弘が自殺をしなければならないような動機を有し、そのような状況に追い詰められていたことを窺わせるに足りる証拠は存在しない。

よつて、被告直井の右主張は、理由がなく採用できない。

(三)  右認定説示から、被告直井は、民法七〇九条に基づき、亡良弘の死亡によつて発生した本件損害についてもまた、賠償責任を免れ得ないというべきである。

五  被告兵頭の責任について

1  安東医師の亡良弘に対する治療関係上の注意義務

(一)  被告兵頭が、みさき病院の事業執行につき、安東医師らを使用していたところ、同医師が、同病院に入院した亡良弘の治療を担当したこと、一般に、医師は、その業務の性質上、患者に対し、危険防止のために必要とされる最善の注意をして治療にあたるべき義務を負い、これは、臨床医学の実践としての医療水準に基づく適切な診断、治療を行う義務であるが、これに付随して患者が入院している場合には、当該患者が同入院に関連する不慮の事故により、その生命を失つたり、身体を毀損したりすることがないように対処すべき注意義務(以下「安全確保義務」という。)も存在することは、原告と被告兵頭間では争いがなく、原告と被告直井間では、弁論の全趣旨により、これを肯認し得る。

なお、補足するならば、右安全確保義務は、入院患者に対して右適切な診断、治療を行う義務を完遂させるために不可欠な義務であると解するのが相当である。

2  安東医師の過失

そこで、安東医師の本件医療事故の発生に対する過失の存否について判断する。

(一)(1)  亡良弘のみさき病院入院中の病状とこれに対する同病院における治療行為の内容、本件窓の構造、同窓の施錠の状況、同窓と本件ベツドの距離関係等は、前記認定のとおりである。

(2)  右認定の事実関係に基づくと、安東医師は、遅くとも、本件医療事故の発生した当日の午後三時ころ、亡良弘が恐迫観念に襲われて本件病室から外部へ脱出しようとする異常行動を示していることを了知したということができる。

そして、このような場合、亡良弘の主治医である安東医師としては、亡良弘の本件精神障害の原因に関する正確な診断はともかくとして、同人がその後も異常行動に出る可能性があること、特に、同人のそれまでの一連の行動に基づき同人が異常行動によつて本件病室から外部へ脱出を図る可能性があることを考慮したうえで、これに対処して同人の安全を確保すべく直ちに、同医師自身は勿論、看護婦らに指示して亡良弘の動静に対する看視を一層強める態勢を採り、加えて、室内の本件ベツドの位置等物的施設に対しても同安全確保のための配慮をすべき注意義務があつたと認めるのが相当である。

(3)  しかるに、証人岸本久枝、同永井ヨウ子、同安東寛泰の各証言を総合すると、安東医師は、同日午後三時すぎころ、亡良弘に対する治療処置は終了したと判断し、同日午後四時半ころ帰宅したが、亡良弘を本件窓にほぼ接着した本件ベツドに収容したままにし、岸本や看護婦らに対しても、亡良弘の動静に注意するよう指示しなかつたこと、そのため、岸本や看護婦らは、本件窓が施錠してあるか否かについて格別注意しなかつたことが認められる。

そして、右認定各事実と前記認定の本件ベツドと本件窓の構造、本件窓の施錠の状況等を総合すると、安東医師が本件窓と右認定位置関係にある本件ベツドに亡良弘を収容したままにして置いたため、前記認定の異常行動を採るようになつていた同人が同ベツドの上に立つて本件窓を開けようとした場合には、同人がそこから転落する危険が生じていたと認めるのが相当である。

(4)  亡良弘が本件窓から転落するまでの経過は、前記認定のとおりである。

(二)  右認定説示を総合すると、安東医師には、亡良弘の本件転落につき、同人の安全を確保すべき注意義務を怠つた過失があると認めるのが相当である。

3  被告兵頭の使用者責任

被告兵頭が安東医師をその業務執行につき使用していたことは、当事者間に争いがなく、同医師がその過失により本件医療事故を発生させたことは、前記認定のとおりである。

右各事実を総合すると、被告兵頭には、民法七一五条に基づき、右医療事故によつて亡良弘及び原告に発生した損害を賠償する責任があるというべきである。

4  被告兵頭の主張に対する付加判断

(一)  被告兵頭は、主として、安東医師には亡良弘の本件転落を予見し得なかつたから、本件医療事故に対する過失はない旨主張する。

しかして、安東医師は、人の生命及び健康を管理すべき業務(医業)に従事する者として、その業務の性質に照らし、危険防止のため実験上必要とされる最善の注意義務を要求されているのであり、入院患者である亡良弘に対する安全確保義務も、同最善の注意義務に付随して存在すること、同安全確保義務も、入院患者である亡良弘に対する右最善の注意義務を完遂するうえで不可欠の義務であることは、前記判示のとおりである。

そして、安東医師の結果予見回避の能力は、右いずれの注意義務についても、良識を備えた通常一般の医師の能力を基準として、その有無が決せられる。

右見地に基づき、本件を検討するに、安東医師が亡良弘の本件異常行動を了知してから同人が本件転落に至るまでの経緯については前記認定のとおりであるところ、証人永井ヨウ子の証言によれば、同人は、本件医療事故当時、みさき病院に勤務する準看護婦であつたが、同人は、同医療事故発生直前ころ、亡良弘の異常な言動に接し、永井自身の職業的経験から、亡良弘を用心して観察しなければならないと考えたことが認められる。

しかして、右認定各事実に照らすとき、安東医師は、医師として勿論準看護婦の知識以上に高度の専門的知識を有する者であるから、前記認定の事実関係に基づけば、亡良弘が重ねて異常行動をもつて本件病室から外部への脱出を図ることは予見し得たというべきである。

そして、安東医師に右予見が可能であつた以上、同医師は、同人に要求される前記最善の注意義務である亡良弘に対する安全確保義務を怠つたものといわざるを得ない。

よつて、被告兵頭の右主張は、理由がない。

(二)  被告兵頭は、亡良弘の本件入院目的(本件受傷治療)からして、精神的疾患の治療のため入院した場合に比し、亡良弘に対する安全確保義務は緩和されるべきである旨主張する。

しかしながら、亡良弘のみさき病院における治療内容、同人の本件異常行動の発現、安東医師のこれに対する対応等は前記認定のとおりであり、安東医師の亡良弘に対する安全確保義務が同人に要求される最善の注意義務完遂のため不可欠な義務であることは、前記判示のとおりである。

右認定事実関係及び判示を総合すれば、本件において、亡良弘の入院目的が本件受傷の治療にあり精神的疾患の治療のためではなかつたからといつて、安東医師の医師として要求される右安全確保義務が緩和される謂はない。

よつて、被告兵頭の右主張もまた、理由がない。

六  被告ら相互の責任関係

原告は、被告直井の本件行為と安東医師の本件行為とは客観的に関連共同している故、被告らは、民法七一九条の共同不法行為者の関係にある旨主張している。

よつて、原告の右主張の当否について判断する。

1  確に、共同行為者各自の行為が客観的に関連共同して違法に損害を加えた場合において、各自の行為がそれぞれ独立に不法行為の要件を備えるときは、各自が違法な加害行為と相当因果関係にある全損害についてのその賠償の責任を負うと解すべきである(最高裁昭和四三年四月二三日第三小法廷判決民集第二二巻第四号九六四頁参照)。

したがつて、原告の右主張が肯認されるか否かは、まさに、被告直井の本件行為と安東医師の本件行為が客観的に関連共同しているか否かにかかつているといえる。

2  しかして、被告直井の本件行為と安東医師の本件行為の詳細は前記認定のとおりであるところ、右認定の各事実関係に基づくと、両者の行為は、明らかにその行為類型を異にする異質なものといわざるを得ない。

特に、安東医師の本件(過失)行為が、亡良弘の本件受傷に対する治療自身に関するものでなく、前記安全確保義務違反にあることに徴すると、右結論は、一層鮮明になる。

そして、右各行為が右説示のとおりである以上、同各行為が客観的に関連共同しているとは到底認め得ない。

よつて、原告の前記主張は、その主張にかかる行為の客観的な関連共同の点で理由がなく、したがつてまた、被告らは民法七一九条の共同不法行為者として連帯して亡良弘及び原告が破つた本件損害を賠償すべきである旨の主張も、理由がないことに帰する。

3  右説示のとおり被告らに民法七一九条所定の共同不法行為責任を肯認し得ない以上、被告らには、各別に、亡良弘及び原告に対し、同人らの破つた後記損害を賠償する責任があるというべきである。

4  ただ、被告らの右損害賠償責任の割合については、被告らの各行為の違法度を基準としてこれを決するのが相当と解するところ、前記認定説示の被告ら各自における本件行為の態様、注意義務違反の内容等を総合すると、本件において、被告らの各行為の違法度は、被告直井において七割、被告兵頭において三割と認めるのが相当である。

したがつて、被告らの負担する本件賠償責任の割合も、右説示にしたがい、被告直井において七割、被告兵頭において三割と認めるのが相当である。

七  損害について

1  亡良弘の逸失利益 金八三八万七五八四円

(一)  前掲甲第四号証、第六号証の一六、第七号証、第九、第一〇号証、証人地道伝三郎の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

(1) 亡良弘(昭和七年一〇月一日生)は、中学校を卒業した後、兄地道伝三郎が経営していた自転車屋業を手伝つていたが、昭和三三年ころに競輪選手となつた。

その後、一時期はA級選手としてかなりの収入を得ていたが、年齢が高くなるとともに体力も衰えるようになり、昭和五八年ころ、事実上引退し、次いで、昭和六〇年ころ、正式に競輪選手を辞めた。

原告は、昭和六一年ころまで、亡良弘と同居していたが、同年から勤務先の寮に入つて独立したため、亡良弘は、昭和六一年七月以降、神戸市兵庫区島上町一丁目所在の「トーカンマンシヨン」六〇二号室を購入し、独りで生活していたが、その付近には、兄弟姉妹である訴外地道ひさ江、地道伝三郎、亡菅みねらがそれぞれ居住していた。

(2) 亡良弘は、競輪選手を辞めたのちは、本件交通事故当時までの間、定職に就かず、それまでに得た貯蓄によつて生活し、その際、無駄遣いをしないようにするため、預金通帳、印鑑、権利証等を地道ひさ江に預けており、その生活振りは質素であつた。

(3) 亡良弘は、その間、自宅に近い神戸市兵庫区笠松通で、喫茶店を開業することを計画し、幾つかの店舗を物色し、兄地道伝三郎に相談したことがあつたが、未だ実現には至らなかつた。

(二)  右認定各事実を総合すると、

(1) 亡良弘は、本件各事故が発生した時点では、現実には就職就労していなかつたものの、労働の意思を有し、満五五歳の男子としての通常の労働能力を有し、少なくとも、満六七歳に達するまでの一二年間、稼働することが可能であつたものと推認するのが相当である。

(2) 亡良弘には本件各事故による逸失利益の存在を肯認し得るところ、同逸失利益算定の基礎収入については、昭和六三年度賃金センサス産業計・企業規模計・男子労働者・学歴計の全年齢平均の平均年収額金四五五万一〇〇〇円を基礎とするのが相当である。

ただ、亡良弘は、右各事故当時、かなり長期にわたつて定職に就かず現実に就職就労していなかつたことは前記認定のとおりであるから、右認定各事実に基づくと、同人の同各事故当時の収入は、右金四五五万一〇〇〇円の四割相当の金一八二万〇四〇〇円と推認するのが相当である。

(3) 亡良弘の生活費控除率は、五割と認めるのが相当である。

(4) 右各認定を基礎資料として、亡良弘の逸失利益の現価額を、新ホフマン式計算方法により一二年間の中間利息を控除して算定すると、金八三八万七五八四円となる(新ホフマン係数は、九・二一五一。円未満は四捨五入。以下同じ。)。

182万0400(円)×0.5×9.2151≒838万7584(円)

(三)  原告が亡良弘の死亡の結果相続により同人の地位を承継したことは、原告と被告直井との間では争いがなく、原告と被告兵頭との間では、原告本人尋問の結果によつて、これを認めることができる。

よつて、原告は、亡良弘の右逸失利益に関する損害賠償請求権を承継取得したものである。

2  原告の慰謝料 金一五〇〇万円

前記認定説示にかかる各事実によれば、亡良弘が本件各事故によつて死亡したことにより、原告が被つた精神的苦痛に対する慰謝料は、金一五〇〇万円をもつて相当と認める。

3  葬儀費用 金一〇〇万円

弁論の全趣旨によれば、本件損害としての葬儀費用の額は、金一〇〇万円が相当である。

4  本件損害の合計 金二四三八万七五八四円

5  被告らの負担する本件損害額

被告らの本件賠償責任の割合については、前記説示のとおりであるところ、同説示にしたがうと、被告らが負担する本件損害額(原告が相続した亡良弘の損害をも含む。以下同じ。)は、次のとおりである。

被告直井 金一七〇七万一三〇九円

被告兵頭 金七三一万六二七五円

八  本件損害の減額事由

(被告直井関係)

1  過失相殺

(一) 本件事故現場の状況

まず、本件交通事故が発生した本件交差点は、東行き二車線(幅員七・四メートル)及び西行き二車線(幅員七・六五メートル)の東西道路と南北に走る幅員四・四メートルの南北道路が交差していること、本件交通事故が発生した地点から東方に約六メートル及び西方に約八メートルのところには、それぞれ横断歩道があること、本件交差点は、信号機による交通整理が行われており、本件交通事故が発生した当時は、東西道路について黄色点滅、南北道路について赤色点滅の表示をしていたことは、当事者間に争いがなく、これと甲第一ないし第三号証を総合すると、右の事実のほか、次の各事実が認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

(1) 東西道路は、本件交差点付近において、東行き、西行き各車線ともそれぞれ見通しのよい平坦な直線道路であり、東行き車線と西行き車線との間に中央分離帯がある。そして、本件交差点の北側には、東西道路と交差する幅員三・五メートルの南北道路がある。

(2) 本件交差点には、東側と西側にそれぞれ横断歩道があり、本件交通事故は、本件交差点の中央付近で発生した。

右事故が発生した当時、本件交差点を通行する車両は少なかつた。

(3) 本件交差点は、照明灯によつて明るく、また、本件交通事故が発生した当時、路面は乾燥していた。

(二) 本件交通事故の態様

まず、亡良弘が本件交通事故当日の午後六時ころから飲酒し、右事故発生当時は事故状況の記憶がないほどに酩酊しており、その状態で南北道路から北方に向かつて東西道路内に歩き出したこと、その際、被告車を運転して東西道路を西進していた被告直井は衝突地点の約一四・九メートル手前で亡良弘を発見し、急ブレーキをかけたが間に合わなかつたことは、当事者間に争いがなく、これと、前掲甲第一ないし第三号証を総合すると、次の各事実が認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

(1) 被告直井は、被告車を運転し(助手席に訴外池田真奈美同乗。)、カーステレオを聴きながら、前方を十分に注視せず、少なくとも時速約五〇キロメートルの速度で西行き車線の中央分離帯側の車線を走行していたところ、本件交差点の直前では、時速約四五キロメートルの速度で走行していた。

(2) 他方、亡良弘は、本件交通事故当日の午後六時ころから飲酒し、右事故の発生当時は、事故状況の記憶がないほどに酩酊しており、その状態で南北道路から北方に向かつて東西道路内に歩き出した。

(3) 被告直井は、その際前方を十分見ていなかつたところ、被告車の助手席にいた池田真奈美が、本件交差点を横断している亡良弘を衝突地点の約二三・四メートル手前で発見し、「危ない。」と叫んだため、あわてて正面を見たところ、亡良弘が正面前方約一四・九メートルのところで、びつくりした様子で振り向いているのを発見した。

(4) そこで、被告直井は、急ブレーキをかけたが、亡良弘との衝突を回避することができず、被告車前部を亡良弘に衝突させて同人をはね上げて地上に転倒させた。

(三) 亡良弘の過失割合

(1) 前記認定各事実によると、本件交通事故は、被告直井の前方不注視のほか、亡良弘が夜間に酩酊したうえ、右方(東方)の安全を確認しないまま、南北道路から幹線道路である東西道路内に進入したために発生したのであるから、亡良弘にも、右事故の発生に寄与した過失があるといわなければならない。

(2) そして、亡良弘の過失割合は、以上の認定説示にかかる各事実を総合すると、全体に関し、三割と認めるのが相当である。

しかして、亡良弘と原告の身分関係は、前記認定のとおりであるから、亡良弘の右過失は、いわゆる被害者側の過失として、原告の本件損害の算定に当たつても斟酌するのが相当である。

(四) そこで、原告の前記認定にかかる本件損害金一七〇七万一三〇九円を右認定の過失割合でいわゆる過失相殺すると、その後に、原告が被告直井に請求し得る本件損害は、金一一九四万九九一六円となる。

2  損害の填補

原告が平成元年五月一日亡良弘の死亡による損害につき自賠責保険金金七五三万五〇〇〇円の支払いを受けたことは、当事者間に争いがない。

そこで、右金七五三万五〇〇〇円を本件損害の填補として原告の前記認定にかかる本件損害金一一九七万九九一六円から、これを控除すると、その後に、原告が被告直井に請求し得る本件損害は、金四四一万四九一六円となる。

(被告兵頭関係)

過失相殺

被告兵頭には、過失相殺の主張がない。

加えて、亡良弘の本件医療事故当時の異常行動については前記認定のとおりであるところ、右認定各事実に基づくと、亡良弘の当時における過失相殺能力の存在については疑問を抱かざるを得ない故、職権による過失相殺を行うのは相当でない。

九  弁護士費用

被告直井につき金四五万円

被告兵頭につき金七三万円

本件事案の内容と難易度、本件訴訟の経緯及び認容額等を総合すれば、本件損害として認めるべき弁護士費用の額は、被告直井につき金四五万円、被告兵頭につき金七三万円と認めるのが相当である。

一〇  結論

1  以上の次第で、原告は、被告直井に対し、本件損害合計金四八六万四九一六円及び弁護士費用金四五万円を除いた(この点は、原告自身の主張に基づく。以下同じ。)内金四四一万四九一六円に対する本件医療事故発生の日である(この点も、原告自身の主張に基づく。以下同じ。)昭和六三年五月一一日から、被告兵頭に対し本件損害合計金八〇四万六二七五円及び弁護士費用金七三万円を除いた内金七三一万六二七五円に対する昭和六三年五月一一日から、いずれも支払ずみまで民法所定年五分の割合による各遅延損害金の支払いを求める各権利を有するというべきである。

2  よつて、原告の本訴各請求は、右認定の各限度で理由があるから、それぞれその範囲内でこれらを認容し、その余はいずれも理由がないから、それぞれこれらを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鳥飼英助 安浪亮介 亀井宏壽)

図面 略

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